そば・うどん業界.comへのお問い合わせ 出展・広告掲載について メールマガジンについて

車家 (東京都八王子市)

2.世代を問わずに楽しめる店に

■師から教えられた器への気遣い

手打ちを始めたのは開店から3年後です。 とはいえ、独学ですから、なかなかおいしいそばができない。 学問としてきちっと学ぼうと考え、「一茶庵」の故・片倉康雄先生のもとへ通うようになりました。

先生からよく言われたのは、「いい材料、いい食器を使いなさい」ということです。 特に、値段の安いかけそばとお新香には、一番いい器を使って、店主の心意気を伝えなさいとおっしゃるのです。 せいろも立派な器に盛るよう言われました。 「器がいいと、あなたの打ったそばの貧弱さがよくわかりますから」と。 器に負けているのは悔しいから、毎日、気を入れて丁寧に打つのが習慣になります。 もちろん、器、テーブル、椅子、店の設えといった一つ一つに心を配ることが付加価値になり、お客様の満足度を高めることができるように思います。

改装したトイレ

ご年配のお客様や乳児にもやさしく配慮して改装されたお手洗い

■心温まる「小さな田舎」

築130年の福島・会津の曲屋を移築して営業を始めたのは、昭和61年 (1986年)です。 私はここに、「小さな田舎をつくろう」 と考えていました。 「故郷のお袋や親父はどうしているかな」 とお客さんに思い出してもらえたら、立派な社会奉仕ではなかろうかと。 片倉先生には 「儲けさせてもらいなさい。 そして、還元しなさい」 とも教わりました。 たとえば、お年を召した方は足が悪いことが多いので、板の間を椅子席にしたり、先頃もお手洗いを車椅子でご利用いただけるように改修しました。 きっかけをくださったのは、三十数年来のお客様。

「車椅子に頼るようになったから、もう来られない。 今までありがとう」 とおっしゃるので、「いや、ちょっと待って。 直しますから」って。 改修費は800万円ほどで、約2ヶ月かかりましたが、年配の方も身体の不自由な方も快く迎える店だと伝わるのが嬉しいですね うちは赤ちゃんや小さなお子さんをお断りすることもありません。 世代は途切れさせてはいけないと思うからです。 おじいちゃんとおばあちゃんがお孫さんとそばを召し上がっているのは、なんとも微笑ましい景色ですよ。

店内の様子

店内の様子

■そば屋にも研究費は必須

今でも忘れられないのは、家内と二人で京都の老舗旅館 「柊家」 さんに泊った時のことです。 あらかじめ身分を名乗り、夏の室礼を勉強させていただきたい、とお電話を差し上げておいたところ、伺った翌日、出立前に女将さんが各部屋を案内してくださったのです。 障子は夏のものに入れ替えて、床には簀が敷かれてました。 その簀は100年も前の品。 きちっと手入れされているのがよくわかりました。

その頃は借金の塊で、正直、柊家さんに泊るような余裕はありませんでした。 でも、私はたとえ夫婦二人の店でも企業と捉えていましたから、研究費として売り上げの2%を充てていたんですね。 税務署から「なにに使うのか」と指摘されましたが、研究費は一般の企業で認められていること。 なぜ、いけないのか、と突っぱねまして。 お金がないからと何もしないでは成長がありません。

■自己満足でない商品づくり

昨今、食の安全性に関心が寄せられていますが、それはまさに、車家の理念です。 仕入れている新潟や茨城の玄そばも、土づくりから始めて、一年に一回、私たちのために畑を使ってもらっています。 ただし、そのそばにお客さんが反応してくださるかどうかが大切です。 そうでないと、自己満足になってしまう。 客観的に商品価値を見定めることが、利益につながると思います。

もちろん、工夫も大事です。うちではもり汁もかけ汁も、そば釜で取っています。 やわらかく火が入り、ゆっくりと対流するので、おいしく仕上がるんですね。 ところが、夏は温かいそばがあまり出ないので、取っただしが無駄になってしまう。 そこで考えたのが、汁を耐熱の容器に入れて湯煎をしてから、急冷する方法。 1ヶ月でも2ヶ月でも保存でき、風味も変わりません。 これを応用したのが、暮れに販売する年越しそばのつゆです。 毎年1300食ほど注文をいただくので、つゆは1週間前から取り始め、3人前、5人前に小分けしてこの方法で保存する。 効率がよく調理場の負担も軽くなります。 商人であるからこそ、そういう工夫が思い浮かぶのかもしれません。

  • 前のページ
  • 1ページ目
  • 2ページ目
  • 3ページ目
  • 次のページ